冬の蝉
初めて読んだ杉本苑子さんです。時代小説です。
江戸の時代に使われたと思われる言葉や
風習や常識などが、ふんだんに織り込まれていますが
言葉使いはどちらかといえば平易で読みやすいです。
しかも、情感たっぷりの描写は見事としかいいようがなく、
2,3行読むうちにすんなりとその世界に入り込んでしまいます。
この短編集には、ときどきどうしようもなく理不尽な
終わりをする作品があります。
その代表的なのが「菜摘ます児(なつますこ)」でしょう。
花は病気で臥せっている父親を抱えながら、茶屋を営んでいる娘です。
ある日、お腹の調子を壊したお殿様が、花の営む茶屋に立ち寄り、厠を借ります。
気分のよくなった殿様は、この茶屋の名前を「お花茶屋」とお墨付きを与え、
しかもお礼に三両もの大金を花に与えます。
花には結婚の約束をしている人がおり、ああこれだけあれば結婚資金にできると
たいそう喜ぶのでした……。
……ここまでなら、めでたしめでたしで終わる話ですが、
杉本さんはその後の話をすすめることで、花の身の上に降ってわいた幸運が、
いかにして不運に転じてしまうかを鮮やかに描きます。
花がどうなってしまったのかは、ぜひ読んでみていただきたいです。
個人的には、この「菜摘ます児」の理不尽さと
表題作「冬の蝉」の心温まるラスト、そして
「ゆずり葉の井戸」の壮大なドラマに感動しました。
すっかり魅せられてしまった一冊です。
冬の蝉
杉本 苑子