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杉本苑子 アーカイブ

2007年3月28日

冬の蝉

初めて読んだ杉本苑子さんです。時代小説です。

江戸の時代に使われたと思われる言葉や
風習や常識などが、ふんだんに織り込まれていますが
言葉使いはどちらかといえば平易で読みやすいです。
しかも、情感たっぷりの描写は見事としかいいようがなく、
2,3行読むうちにすんなりとその世界に入り込んでしまいます。

この短編集には、ときどきどうしようもなく理不尽な
終わりをする作品があります。
その代表的なのが「菜摘ます児(なつますこ)」でしょう。
花は病気で臥せっている父親を抱えながら、茶屋を営んでいる娘です。
ある日、お腹の調子を壊したお殿様が、花の営む茶屋に立ち寄り、厠を借ります。
気分のよくなった殿様は、この茶屋の名前を「お花茶屋」とお墨付きを与え、
しかもお礼に三両もの大金を花に与えます。
花には結婚の約束をしている人がおり、ああこれだけあれば結婚資金にできると
たいそう喜ぶのでした……。

……ここまでなら、めでたしめでたしで終わる話ですが、
杉本さんはその後の話をすすめることで、花の身の上に降ってわいた幸運が、
いかにして不運に転じてしまうかを鮮やかに描きます。

花がどうなってしまったのかは、ぜひ読んでみていただきたいです。

個人的には、この「菜摘ます児」の理不尽さと
表題作「冬の蝉」の心温まるラスト、そして
「ゆずり葉の井戸」の壮大なドラマに感動しました。

すっかり魅せられてしまった一冊です。


冬の蝉
杉本 苑子
冬の蝉

2007年5月12日

落とし穴

杉本苑子さん1996年の作品です。

鎌倉釈迦堂で、貧者にほどこしを与える慈善活動を行っている
僧侶達を描いたオムニバスです。
お坊さんが出てきますが、清廉潔白な人はいなくて、かなり人間臭いです。

テーマになっている「ボランティア」。
この「美しい行為」の矛盾点について鋭く指摘しています。
あとがきで、忍性らの活動が結局消滅してしまったことが
追加されているのも切ないです。
「持続しなかった」ということは、その思想に綻びがあった、
ということなのでしょう。

「正義」とされることが全て正しいとは限らないんだなぁ…
などなど思ったりしました。
現代のNGO/NPOを見て感じる居心地の悪さはこれだったのかと…。

表紙が地味なので損してる気がしますが、とてもよい本です。オススメです。

落とし穴―鎌倉釈迦堂の僧たち
杉本 苑子
4569579434

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