おんなのことば
おんなのことば
茨木 のり子
はじめて茨木のり子さんを知ったのは、友人から上記の本を貰ったときだ。
正確には、「どこかに美しい村はないか」で始まる「六月」という詩が
昔、現代文の教科書に載っていたのが最初だと思うけれど、
言葉がことばとして沁みたのは、やはり大人になって
つらいときを乗り越えたあとからだ。
「自分の感受性くらい」が有名で、時々その詩を引用している人を見る。
勿論、この詩もとてもいいのだけど、厳しさが前に出てくるこの詩以上に
わたしは「汲む」に惹かれる。
人間の持つ弱さも認めつつも、自己の甘さに対しては厳しさを垣間見せる。
茨木さんのそんな視点は、やはりどこまでも優しいと思う。
わたしになぜこの「おんなのことば」を友達がくれたのか
そのときはわからなかった。
けど、9年が経った今、とても大切な一冊となって、
ときどきわたしの曲がった背中をぴしゃん!と正してくれる。
大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇 柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
(「汲む -Y.Yに-」より一部抜粋)