キャラコさん

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「絹ではいかんな。木綿のような女でなくてはいかん」
剛子の一家は、父の光栄ある恩給だけでたいへんつつましく暮らしているが、
剛子がキャラコの下着(シュミーズ)をきているのは、それには関係がなく、
もっと深い感情のこもったことなのである。

(久生十蘭「キャラコさん」より)


オリジナルイラストです。

キャラコさんの本当の名前は石井剛子(つよこ)。
質実剛健の「剛」の字を取ってつけられた名前です。
「これからの女性は男の言いなりになるようなヘナヘナではいかん」
という父の願いが込められた大切な名前を、
キャラコさんはとても誇りに思っています。
また、もうひとつ「キャラコさん」という呼び名は、
剛子が質素なキャラコ(木綿)の下着をつけていたのを従姉妹たちに見られて以来、
呼ばれるようになったのでした。
従姉妹たちはシルクの下着を着けていましたから、
剛子のことをからかってこんな呼び名をつけました。
けれど、剛子はキャラコさんという名前を気に入っていたし、
周囲からもこの愛称で呼ばれるようになったのでした。

キャラコさんは19歳。誰にでもわけ隔てなく親切で、好奇心旺盛。
大きすぎる口をあけて快活に笑います。
キャラコさんに関わった人は、どんな偏屈な人だって、初めは敵意を持った人であっても、
最後にはキャラコさんが大好きになって、周囲の誰もが幸せな気持ちになってしまいます。
キャラコさんは、太陽のような暖かな女の子なのです。

「キャラコさん」が書かれたのは太平洋戦争前、昭和14年です。
大戦突入前とは言え、その当時の日本は「贅沢は敵」と国民の生活を規制しつつあった時代です。
キャラコさんの名前の由来となった「質実剛健」が、時勢に合致した思想だったことは間違いがないと思います。
娯楽的要素の強い内容のものが、当局の圧力で次々と姿を消していった「新青年」誌上で、
こんな楽しくて、豊かな思想を持った連載を、1年間も続けることの出来た久生十蘭とは、
なんという力量を持った興味深い作家でしょう。

わたしは、キャラコさんのすっくりと立つ姿を描いてみたいなと思いました。
人の幸せを願っていつも動き回っているキャラコさん。
人の悲しみを自分の痛みとして感じ取ることの出来るキャラコさん。
彼女の優しい人柄が、少しでも表現できていたらとっても嬉しいです。
(展示解説より転載)


展示風景1

展示風景2

展示風景です。ピアノの上に展示しました。


なんちゃってカバー

キャラコさんは快活なお嬢さんですが、久生十蘭の手にかかると
ロマンチックな雰囲気が漂います。
なので、額装展示は白い紙に、カバーはちょっと黄色っぽい手すき和紙に
印刷することで、その雰囲気を出してみました。
でも、写真ではあんまり違いがわからないですね…。


なお、「キャラコさん」が収録されている本は現段階(2006年6月)では残念ながらないようです。
三一書房版「久生十蘭全集†」に収録されており、図書館で読めると思います。
また、新たな久生十蘭の全集が発売されるという朗報があります。詳細は下記をご覧ください。
久生十蘭オフィシャルサイト準備委員会