人の顔
と言いさしてチエ子は口を噤んだ。
ビックリしたように眼を丸くして、父親の顔を見た。
しゃがんでいた父親は、いつの間にか闇の中に仁王立ちになっていた。
両手をふところに突っ込んだまま、
チエ子の顔を穴のあくほど睨みつけていた。
(夢野久作「人の顔」より)
オリジナルイラストです。
チエ子は孤児院から航海士の夫婦の家に引き取られた女の子です。
夫婦はチエ子をとても可愛がっていました。
ただ、チエ子は少々奇妙な子供で、母親と外出していると、
ふと立ち止まって「お屋根をじぃっと見ていると、人の顔が見える」
云々と話し出すようなところがありました。
久しぶりに海外から帰って来た航海士の父親と一緒に、活動を見に行った帰り。
四谷見附で電車を降りて、上機嫌で歩いていると、
チエ子がふと立ち止まって空を指して
「……あそこにお母さまの顔が……」と父親に話し出します。
どれどれ…と腰をかがめる父親。
チエ子への愛情がたっぷりで、優しさに満ち溢れています。
しかし、チエ子に見えた人の顔というのは、
母親と、父親ではない別の男の顔でした…。
夢野久作という作家は、愛情深い親子関係を、
一瞬にして木っ端微塵に砕いてしまう表現が大変うまい作家です。
イラストでは、チエ子がその情景を告げる様子を描いています。
ところで、一昨年に開催した、友永たろさんとのふたり展で出展した
「宮益坂」という作品があります。
わたしの展示作品の中では一番人気でした。
しかし、実はこの作品、もともとこの「人の顔」をモチーフにした
イメージイラストを猫に置き換えたものでした。
今回の個展で、やはり「人の顔」をちゃんと完成させておきたい!と思い、
一昨年のラフを引っ張り出してみました。…あれ? こんなだったっけ…??
ラフは私の脳内で大きく美化されていたのです。
こんなんじゃ、だめだ!!と、ひとしきり落ち込んだ後、
ラフを描き直して、完成させた作品が今回の「人の顔」というわけです。
夜に見ると、結構怖いです…。
(展示解説より転載)
展示の様子です。
なお、解説にあったラフの遍歴については、過去のエントリー
「『人の顔』遍歴」をご参照ください。
今回の展示作品は、手すき和紙に印刷しているので、
データをそのままJPEGに書き出したものとでは、やはり印象が違います。
背景は、黄色っぽいですし、なによりも、全体のトーンが
落ち着いたものとなりました。
絵としての完成は、確かに一番上にUPしているイラストなのですが、
あの手すき和紙に印刷したものが、作品としては完成形となります。
デジタルで作成しましたが、アナログの質感がどうしても必要な作品です。
この「なんちゃってカバー」も、その手すき和紙に印刷して作りました。
なんとなく雰囲気が伝わるでしょうか…。
ギャラリーではスポットライトが黄色っぽい色味のため、
写真に撮っても風合いがあまりわかりませんでした。
上図は、後日自宅にて、自然光で撮影したものです。
「人の顔」は、ちくま文庫夢野久作全集〈3〉に収録されています。