●犬は勘定に入れません
私的セレクションの三大タイムトラベル作品の三つ目は、コニー・ウィリスの「犬は勘定に入れません」。
ジェローム・ K・ジェロームの「ボートの三人男」にオマージュを捧げた本作品、とにかく楽しい。
タイムトラベル・カラフル・ミステリ・ラブコメディである。
イラストに起こす際には、主人公のネッドではなく、2058年と1888年を行ったり来たりと大忙しの
ヴェリティにスポットを当てたいと思っていた。
彼女の大活躍があってこそ、この物語があるといえる。
そして、忘れてはならないのは、あてにならない名犬?シリルもさることながら、
やはりここは、猫のプリンセス・アージュマンドであろう。
だって、彼女を勘定に入れずして、この物語は成り立たないのだから。
そして、ご本人の登場シーンそのもの以上に、ネッドやヴェリティその他のみなさんが
恐れおののく、レイディ・シュラプネルを忘れるわけにはいかない。
それにしても、なんとまぁこの小説に登場する女性たちは皆、たくましいのだろう。
作画する上では、厳密な時代考証は特に行わず、文中の表現から推測するにとどめた。
たとえばヴェリティが着ているドレスにこんな模様は入っていなかったと思う。
デフォルメということでご勘弁いただきたい。
なお、わたしが別途調べたのは、コヴェントリー大聖堂の現在の写真と、
空襲で焼け落ちる前の細密画である。
かつての礼拝堂は現在庭園になっており、なかなか感慨深い。
そして、ムーンフェイズは19世紀すでに作られていたのでよしとした。そんなところだろうか。
コメディとしての楽しさを第一に表現したかった。
連続TVドラマになってほしいなぁ。思い出すだけで笑いがこみ上げる楽しい小説。
●ジョナサンと宇宙クジラ
今回取り上げるSF小説の中で、最も心優しい短編集、「ジョナサンと宇宙クジラ」。
作者はロバート・フランクリン・ヤング。
あたたかくて、優しい雰囲気を大事にしたいと思い、ストレートな絵にしてみた。
宇宙クジラは人間にたとえるなら17歳の少女である。そこを大事にしよう、と。
本当は白いクジラではない。けれども、彼女は白いドレスを着た美しい少女なのだから。
ほかに収録されている短編もどれもすばらしい。
たとえば、「リトル・ドッグ・ゴーン」はまるでロードムービーのようだ。
ラストで思わず涙した。そして「いかなる海の洞に」の壮大さはどうだろう。
出足はどこにでもある、気まぐれな恋愛譚。それがどんどん様変わりしていき、ラストの荘厳さに息を呑む。
この短編を編んだ伊藤典夫さんの訳者あとがきがほんとうにいい。
どんな経緯でロバート・F・ヤングに出会って、それをどんなふうに訳して雑誌に持ち込んだか。
目を皿のようにして海外作品を読み、深く作品と関わり、それを日本に紹介していった翻訳家たちの、
瑞々しい当時の仕事振りがうかがえる。
新装版になっても、 1977年当時のあとがきを収録してくれたハヤカワ文庫に敬意を表したい。
新規で追加された久美沙織さんの解説もよかった。
あとづけの解説で、読後感が台無しになることがあるけれど、この本はそんなことは全くなかった。
最後まで、ヤングの余韻に浸れた。
この短編集「ジョナサンと宇宙クジラ」を電車で読んでるとき、涙が出て困ったことがあった。
悲しくて泣くばかりが涙ではない。優しさに触れるときにも、やはり人は涙するんだなぁ。
SF初心者の方にも(ってわたしも十分初心者であるけれど)オススメの一冊。